侑静

藤の花、その手を掴む

「侑ちゃん、今日の花火大会行くん?」「言いたない」「なんでやねん」部活から帰ってきて、シャワーと着替え、そして昼食を済ませ、ソファで寛いでいた忍足侑士にとって、突然振られたその話題は、眉間に皺を一本寄せるに十分な内容であった。内容も、言って…

Schneetag, mit Ihnen

今日は急遽部活動が休みになったことと、たまには家でのんびりしようということになり、所謂お家デートをしようということで、静は忍足の迎えを教室で待っていた。手間をかけてしまうから校門で待っていると静が提案したが、ただでさえ短い氷帝の基準服のスカ…

カケラを探して3

*パーカー着用は絶対「侑士先輩! これとかどうでしょうか?」ついてきたのは自分の意志だけれど、だけどやっぱり若干目のやり場に困って下げていた視線を上げて、声の主である静を視界に収める。その手には桜色のワンピースタイプの水着があった。ちょっと…

カケラを探して2

*愛おしさがこみ上げる桜のつぼみがようやく大きくなりだしたころ。氷帝学園中等部の卒業式がある。といっても殆どの生徒がそのまま高等部へと進学するから公立中学校程の寂しさもなければ悲しさもない。言ってしまえば、会おうと思えば会える状況、なのだ。…

カケラを探して

*侑ちゃんなぁ、静ちゃん。電話口の謙也さんはとても愉快そうな声で私にそれを教えてくれる。ああ、きっと電話の向こう側の謙也さんは面白いものが見られそうだ、なんて思っているのかもしれない。……いま目の前に謙也さんがいないから本当のところはどうか…

ああ神様、願わくば、

◇一あんなに多忙な日々を極めた合同学園祭も、振り返ってみればあっという間に終わってしまった。けれどあの二週間は私のこの先の人生の中でも一番充実した二週間だったというのは確実に言えると思う。部活に所属していない私ではなかなか体験することのでき…

次は君から

九月も中頃に入ったというのに太陽はまだまだ夏を終わらせないとばかりに燦々と輝き、カーテンの隙間から差し込む光は明るいを通り越して眩しいとさえ感じる。勉強机に向かい、ふぅ、と一つため息を吐き出した少女――広瀬静はノートの中央にシャープペンシル…

Es war schade

「うぅ……」向日先輩の納豆たこ焼き事件から一時間後。未だに残る口の中のなんとも言えない感じに眉を歪ませて、口元を押さえていると、見かねた様子の声が背中にぶつかる。「広瀬さん、大丈夫か?」ゆっくり後ろへ振り返り、声の主を確認する。が、私の視界…

陰険インテリ眼鏡、友達はミステリー小説

「静ちゃんにこれあげるわ」そう言われて侑士先輩から手渡されたのは所謂恋愛小説の文庫本。ぱちぱちと二度ほど瞬きしてから表紙と、そして侑士先輩の表情を交互に見る。「ありがとうございます……?」「なんで疑問形なん?」僅かに苦みを混ぜた笑みを作って…

春、来たる

*八月ももう下旬に入ったっていうのにうだるような厳しい暑さはまだ続いている。俺、岳人、日吉が合同学園祭でやるたこ焼き屋の屋台は、冷房の効いた本館ではなく屋外の模擬店スペースに配置されたからか、準備中直射日光と熱気がこれでもかと襲い来る。なる…

ほっとちょこれーと

毎年、この日になると氷帝学園の裏門には大きなトラックが何台も停まる。もはや年中行事であるし、一年の頃はそりゃあ驚きもしたが今回で三回目ともなれば、慣れもする。ああ、またかくらいの殆ど感動のない感想を抱きながら下駄箱からローファーを取り出そう…

幸せの音

部屋の大きさからすれば少しばかり大きなテレビから美しいピアノ曲と共に流れるのは今しがた観ていた映画のエンドロール。俳優、スタッフの名前が次々に出てきては消えていく。その演出も、本編の雰囲気や内容に合わせてのものなのかどこかはかなげで、それで…