侑静

Es war schade

「うぅ……」向日先輩の納豆たこ焼き事件から一時間後。未だに残る口の中のなんとも言えない感じに眉を歪ませて、口元を押さえていると、見かねた様子の声が背中にぶつかる。「広瀬さん、大丈夫か?」ゆっくり後ろへ振り返り、声の主を確認する。が、私の視界…

陰険インテリ眼鏡、友達はミステリー小説

「静ちゃんにこれあげるわ」そう言われて侑士先輩から手渡されたのは所謂恋愛小説の文庫本。ぱちぱちと二度ほど瞬きしてから表紙と、そして侑士先輩の表情を交互に見る。「ありがとうございます……?」「なんで疑問形なん?」僅かに苦みを混ぜた笑みを作って…

ほっとちょこれーと

毎年、この日になると氷帝学園の裏門には大きなトラックが何台も停まる。もはや年中行事であるし、一年の頃はそりゃあ驚きもしたが今回で三回目ともなれば、慣れもする。ああ、またかくらいの殆ど感動のない感想を抱きながら下駄箱からローファーを取り出そう…

幸せの音

部屋の大きさからすれば少しばかり大きなテレビから美しいピアノ曲と共に流れるのは今しがた観ていた映画のエンドロール。俳優、スタッフの名前が次々に出てきては消えていく。その演出も、本編の雰囲気や内容に合わせてのものなのかどこかはかなげで、それで…

「お前何しとんねん」

今日は所謂仕事納めと言われる日であった。と言っても、静の入社した会社は小売業が主な業務内容であるために、年内は三十一日まで、年明けは二日から仕事始めという、年末年始なんてあってないようなスケジュールが組まれている。その代わり、年末は二十九、…

「おやすみ」って こんなに照れるものだった?

「それでな、岳人がな――」「ふふ、向日先輩らしいですね」いつもの他愛もない会話。雑談と言ってもいいかもしれない。だけどそれがとても楽しくて、心地良くて、幸せで。受話口から聞こえる彼女の優しくて柔らかな声が俺の凝り固まった心をほぐしていくよう…

いつもありがとう

ほんの気まぐれでいつもの帰り道から一本路地に入ってみた。大通りから一本入るだけでこんなにも雰囲気が変わるものなのか、と思いながら歩みを進めていくと、個人がやっているような小さな花屋を見つけた。こんなところに花屋なんて珍しい。この通りはお世辞…