幸せの音

部屋の大きさからすれば少しばかり大きなテレビから美しいピアノ曲と共に流れるのは今しがた観ていた映画のエンドロール。俳優、スタッフの名前が次々に出てきては消えていく。その演出も、本編の雰囲気や内容に合わせてのものなのかどこかはかなげで、それでいて美しくて細部までこの映画が拘られていることを感じられる。

「侑士さんの選ぶ映画は全部素敵で切ない中にも温かさがあっていいですね」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」

ソファに二人並んでゆったりと腰かけ、最初のメニュー画面に戻ってしまったテレビから視線を外して侑士さんをちらりと見やる。中学生から見てきた横顔はいつの間にかとても大人びていて、大人の男性を感じさせる。だけど、やっぱりというか、ラブロマンスものの映画を観ているときはどこかあの頃の、侑士先輩だった頃の表情が混じることを最近知った。
氷帝学園中等部を卒業してもう早いもので十年が経とうとしている。だけど十年経ってもやっぱり侑士さんは侑士先輩で。
外見は変わったとしても中身まではそうそう変わらない。
思春期真っただ中に好きだったものは大人になっても好きなままなんだなぁ。
ふふ、と一人で笑えば侑士さんからは不思議そうな表情が返ってくる。何でもないですよ、と答えて視線を侑士さんからサイドテーブルに置いていたマグカップへと向ける。すでに空になって久しいそれは冷たくなっていて、私の伸ばした手を少しだけひんやりとさせる。

「私、ミルクティーのおかわり淹れてきますけど、侑士さんはどうしますか?」

立ち上がりながらそう言えば、侑士さんは間髪入れずににこりと笑みを見せる。

「じゃあ同じの頼むわ」
「コーヒーじゃなくていいんですか?」

意外な返答に首を傾げる私に、侑士さんはなおも笑みを絶やさずに言う。

「たまには静と同じもんが飲みたいんや」
「わかりました」

マグカップを二つ持ってキッチンへ向かう。予め沸かしてポットに入れておいたお湯を鍋に移し、茶葉を入れて煮出す。頃合いを見計らって牛乳を注ぎ弱火にして数分火にかける。昔お母さんに教えてもらったこの淹れ方。正式な淹れ方とは少し違うのかもしれないけれど、これが広瀬家の、そして私のミルクティーの淹れ方。クツクツと小さな音を立てて鍋から湯気が立ち昇る。普段ならここでお砂糖も入れて溶かしてしまうのだけど、今回は侑士さんも飲むから入れずに出来上がったミルクティーを二つのマグカップに注いで、お盆にシュガーポットと一緒に置いて持ち上げる。

「お待たせしました」

サイドテーブルにお盆を置いて、先ほどと同じように侑士さんの隣に腰を下ろすと、二人分の重みでソファが沈む。

「お砂糖はお好みでどうぞ」
「ん。おおきに」

侑士さんにマグカップを渡す。その時に、カツン、と小さな音が鳴った。それが最初何の音なのかわからなくて、だけど侑士さんの視線はマグカップーーもっと正確に言えば私の指に向いていて。答えを求めて視線を落とすと、その疑問はすぐに解かれることになる。侑士さんと私以外の人たちからしてみたら、それはなんてことないことなのかもしれない。けれど、私たち二人にとってその音は、その小さな音は、言うなれば幸せの音とも言えて。

「ホンマに俺ら結婚したんやな」

優しく、愛おしそうに私の指を、そして薬指のそれを撫でる侑士さんの表情は、とても幸せに満ちていて。そんな顔を見せられてしまえば私だって自然と頬が綻んでしまう。

「そうですね」

私の、感情が溢れ切った顔を見て侑士さんはなおも嬉しそうに笑う。

「静」
「はい」
「一生、傍に居ってや」
「はい」

優しくて、愛おしくて、どうしようもなく大切な、とある日の昼下がり。二人並んで口をつけたミルクティーはいつもよりもとても、とても甘かった。

==========
2022年1月15-16日に開催されたテニスの王子様派生ゲームオンリー「Return Game!」様のネットプリント企画に提出したもの