陰険インテリ眼鏡、友達はミステリー小説

「静ちゃんにこれあげるわ」

そう言われて侑士先輩から手渡されたのは所謂恋愛小説の文庫本。ぱちぱちと二度ほど瞬きしてから表紙と、そして侑士先輩の表情を交互に見る。

「ありがとうございます……?」
「なんで疑問形なん?」

僅かに苦みを混ぜた笑みを作って、侑士先輩は私を見やる。プレゼントしたものに対して疑問形のお礼で返されれば誰でもこんな表情になるかもしれない。というよりも今のは私が感情を表に出しすぎたのだけれど。

「あっ、いえ、侑士先輩からいただくには予想外なものだなぁと思いまして」

嘘をついてもしょうがない、と正直にそう言えば、侑士先輩は特に気分を害したような感じもなく至って普通に返答を投げてくれる。というよりも慣れたものだと言わんばかりで。

「まあ、男はあんま恋愛小説とか読まんイメージ持つんはしょうがないわな」
「というよりてっきりミステリー小説とか読むのかと……」
「俺そないに小難しい顔しとる?」

はは、と冗談めかしに言われ、慌てて両手を振って否定する。

「いえ、そんなことは! ただ昨日、向日先輩と侑士先輩って図書館の隅でミステリー小説読んでそうですよねって話になったので」
「陰険インテリ眼鏡、友達はミステリー小説?」
「なっ、なんで知ってるんですか!?」

侑士先輩の口から出てくるとは思わなかったワードに私の目は大きく見開く。それはまさしく昨日向日先輩と話しているときに出たワードそのもので。驚く私に侑士先輩はなんて事のないように続ける。

「俺もこの間岳人に言われたんや」
「そ、そうなんですか」

向日先輩、結構ご本人にも言っちゃうんだな……。
なんとなく気まずい雰囲気に、侑士先輩から視線を切ってしまう。そんな私の心境を見越してか、侑士先輩はそれ、と私の手の中にある文庫本を指さす。自然と私の視線もそこへ向かう。

「読むか読まんかは静ちゃんの好きにしてエエよ」
「いえ、折角いただいたのでちゃんと読みます」

本から視線を上げて、ゆっくりと侑士先輩の顔を見上げる。面映ゆそうな、というとちょっと大袈裟かもしれないけれど、なんとなくそんな感じの表情が見えて私の口角も僅かに上がる。

「律儀やなぁ……。あ、その本な、告白シーンの一連の流れがめっちゃエエんや」
「そうなんですね! 楽しみに読みますね!」

私のその返答に、侑士先輩はふっと笑う。とても自然で、けれど滅多に見ることのないその笑みは私の心臓を少しだけ包み込んだ。