桜色リング

それを見つけたのは本当に偶然だった。
たまには違う道を通って帰ろうという気まぐれが功をそうしたと言っても過言ではない。いや、それは些か言い過ぎなのかも知れないけれど、何にしてもいつもと違う道を通ったから俺はそれ――小さな雑貨屋を見つけることができた。

「こんなところに雑貨屋なんてあったんやな」

ふと、入口の隣にある大きな窓に視線を向けると小さくて綺麗な桜色が目に飛び込んでくる。なんだろうかと目を凝らすと、それは桜色の石が埋め込まれたシンプルなリングだった。
煌びやかとは言えないし、豪奢という言葉ともかけ離れている。けれど何故か目を引いて離せない。

「……静ちゃんみたいやなぁ」

言葉に出した途端、脳裏に浮かぶのはある女の子の姿。
栗色の髪。濁りのない綺麗な瞳。可愛らしい外見とは裏腹に一本芯を持つ女の子。――広瀬静。
俺の大事な女の子。
気付けば俺の足は雑貨屋へと赴いていた。そのまま流れるような動作で飾られていたリングを手に取りレジへと向かう。
プレゼント用ですか? と良い笑顔で尋ねてくる店員に「そうです」と答えてから、なんとなく恥ずかしくなって視線を外す。だけど行き場のないそれは結局手元に戻ってくるしかなく。包み終わったリングを受け取り会計を済ませると少しばかり早足で店を出る。

「寒」

店内の暖房によって温められた体は冬の冷たい風によって一瞬にして冷える。中と外との温度差が凄まじいものだから余計空気を冷たいと感じる。
ブレザーのポケットに包みと手を滑り込ませて、帰路につく。

「ちゃんと渡せるとええな」

小さな独り言は誰に拾われるでもなく静かに溶けていった。

12月22日。天気は晴れ。それも雲一つない、気持ちがいいくらいの快晴。まるで今日という日を祝福してくれているかのような、そんな天気。
空から視線を手元に戻すと、可愛らしくラッピングされた小さな袋が視界に入り込む。
果たして静ちゃんはこれを気に入ってくれるだろうか。彼女のことだからもらったらなんでも喜びそうな気はするけれど、もし万が一ということもある。しかもこれは完全に俺自身の趣味だ。彼女の好みに寄せたものではない。今更悩んだところでどうしようもないのはわかっているはずなのに。

「侑士先輩! おまたせしました」

背後から聞こえる声に振り返る。と、そこにいたのは待ち人であり恋人でもある静ちゃんだった。

「待ってへんよ。今来たとこや」

咄嗟に袋を背中に隠し、笑みと共にそう答えれば、静ちゃんからもふわっとした笑みが漏れる。ああ、もう俺の彼女可愛すぎるやろ。

「それで渡したいものがあるって仰ってましたけど……」
「ああ、これや」

言ってから隠していた袋を静ちゃんに差し出す。

「誕生日おめでとう、静ちゃん」
「えっ、あ、ありがとうございます! 覚えててくださったんですか?」
「当たり前やろ。どこの世界に可愛い彼女の誕生日を忘れるアホがおんねん」

俺から袋を受け取ると、静ちゃんの表情はまさしく花が咲いたようにぱあっと輝く。

「開けてもいいですか?」
「ええよ」
「ありがとうございます」

小さく首を縦に振ってから静ちゃんは丁寧にラッピングを紐解いていく。それはもう、壊れ物を扱うかのように、ゆっくり、慎重に。
そして中身を取り出すと、彼女の瞳は大きく見開く。

「わぁ……! とっても綺麗で可愛いリングですね!」
「お気に召してもらえたんなら何よりや」
「はい! ありがとうございます、侑士先輩!」

青空をバックに笑う彼女のなんと可愛らしいことか。今日のこの笑顔は今まで見た中で一番輝いて見える。

「学校では着けられないので、こ……今度のデートの時に着けますね」

照れながら言うその言葉に、俺の心臓はみごとに射抜かれた。

(Happy Birthday!Shizuka Hirose!)