いつもありがとう

ほんの気まぐれでいつもの帰り道から一本路地に入ってみた。大通りから一本入るだけでこんなにも雰囲気が変わるものなのか、と思いながら歩みを進めていくと、個人がやっているような小さな花屋を見つけた。こんなところに花屋なんて珍しい。この通りはお世辞にも人通りがいいとは言えないし、どちらかというと裏路地に近い。
そんな、決して好立地とも言えない場所にひっそりと佇む小さな花屋。けれど店先に出された花々はとても綺麗で一本一本丁寧に手入れがなされているのがわかる。ここでならきっといい花を買える。そう確信するや否や、俺の足は引き寄せられるかの如く店内に向けられる。
日が落ちかけて少しは涼しくなっているとは言え、まだ季節は夏真っ盛り。店内に効いたクーラーが心地よく、熱った体をゆっくりと冷やしていく。店内左右に設置された冷ケースにも色とりどりの花が陳列されていて俺の目を奪っていく。
店奥で作業している店員のところまで足を運ぶと、店員が気配を察し顔を上げる。

「すみません、花を見繕ってもらえません?」
「はい、わかりました。どういったご用途でしょうか?」

店員の笑みがきらりと光る。それに一瞬怯んで、言葉が詰まる。まさかこんなにいい笑顔を向けられるとは思いもしなかった。

「えっと、妻に……」
「奥様に宛ててですね! 何色系がいいとかはありますか?」
「ええっと、ほんなら明るい色で」
「それなら今の季節だと向日葵とかいかがでしょうか」
「あ、はい。じゃあそれでお願いします」
「畏まりました。少々お時間いただきますね」

そう言って店員は手慣れた手つきで向日葵を中心に据えて花を選んでいく。その手際のよさに感心していると、店員の視線が手元から俺へと移される。
もしかして見ていてはいけなかったかと咄嗟に視線を逸らす。

「メッセージカードはいかがいたしますか?」

店員のそのセリフに、今度はゆっくり視線を戻す。

「お願いします」
「はい、畏まりました。すでに印刷されているものとお客様ご自身で書かれるものとありますがどちらがよろしいでしょうか?」
「あ、じゃあ自分で書きます」
「ではこちらにお願いいたします」

そう言って店員はラッピング台の下から可愛らしいカードとボールペンを取り出して俺に差し出してくる。何を書こうか考えて、一番最初に思いついた言葉をさらさらと書いていき、書き終えたそれをボールペンと共に店員の方へと戻す。

「お願いします」
「はい、畏まりました」

にこりと笑顔を浮かべて、店員はすでに出来上がった小さなブーケにカードを飾り付けてくれる。

「こちらでよろしいでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」

代金を支払ってブーケを受け取る。花屋を出ると既に日は落ちていて真っ黒い闇が空を塗りつぶしていた。

「はよ帰らんとな」

右手に持った紙袋に視線を落とす。その中には可愛らしくそして綺麗にラッピングされたブーケ。これを渡したら、静はどんな反応をするだろうか。それが楽しみで自然と頬が緩み、歩みも早くなった。

「ただいま」

ドアを開けると静が奥からぱたぱたと駆けてくる。その姿が愛らしくて愛おしくて仕方がない。
ああ、俺の奥さんは今日も超絶可愛い。

「侑士さんおかえりなさい。今日は少し遅かったですけど、どうかしたんですか?」
「ん。ちょっとな。静、これ」

言いながら持っていた紙袋を静へと差し出す。彼女は微かに首を傾げながらそれを受け取り、中を窺って目を丸くした後紙袋から視線を上げる。まるでこれを自分に? と言いたげなその瞳に浅く首肯する。

「綺麗やろ?」
「はい! とっても!」

満面の笑みで返されて危うく彼女の愛らしさに胸を抑えるところだった。
流石にそんなことをしたら引かれてしまうかもしれんしな……。
静の想像以上の反応に俺の心はこれでもかというほど満たされる。

「ありがとうございます! 侑士さん」
「こちらこそいつもありがとなぁ」

不器用ながらも笑みを作って静の笑みに応えた。

Happy Summer Valentine!ーー私はあなただけを見つめる