青色の理由

ああ、見える。青い光が見える。音響ブースから彼女がペンライトを振っているのが、ちゃんと見える。秒針と同じ速さで光が揺れる。それに合わせ、息を吸って、吐いて。

「――――」

九人の声が重なり、旋律を作り上げていく。ゆっくり、特待生の指揮に合わせて歌詞を音に乗せていく。綺麗なハーモニーが編まれ、静かな、否、静か過ぎるくらいの会場にそれは響き渡った。

まさかこのグラン・ユーフォリアの目玉、自主製作アニメの音が全く入っていないと聞かされた時はどうなることかと思ったが、結果としてこのトラブルは土壇場でのアドリブ力だけじゃなく、俺たち生徒二十九人と荒木先生を入れた三十人の結束をより固いものにした。――ああ、いや違うな。特待生を含めて、三十一人か。
特にdropの四人には本当の意味で助けられたと思う。正式にユニットが認められていないからという理由でグラン・ユーフォリアにも裏方という立場で参加していたあの四人が。学園から退学処分を言い渡されているあの四人が、このグラン・ユーフォリアの危機を救った。生憎とその時の俺は台本の読み合わせをしていたからその雄姿を拝むことは叶わなかったが、全てが終わった後、特待生がとても興奮気味に話してくれた。
すごかったんですよ!
dropの皆さん、本当に素敵だったんですよ!
その歓喜に輝く瞳を見て、ああ本当にすごくて素敵だったんだというのが理解できた。何せ、このグラン・ユーフォリアを大成功に導いた立役者である君が言うのなら間違いはない。
まあ、そんなことを言ったところで特待生は謙遜するだろうから言わないが。

「青柳先輩? ぼーっとしてどうかしたんですか?」

可愛くて綺麗な音が俺の意識を引っ張り戻す。
ああ、悪いと僅かに上目遣いで俺のことをじっと見つめてくる特待性と視線を合わせる。きらりと輝く大きなブラウンダイヤモンドの瞳は見ているだけで吸い込まれてしまいそうだった。

「えっと、青柳先輩? 私の顔に何か付いてますか?」
「ん? ああ、いや。なんでもないぞ」
「そう、ですか?」

訝しむような表情を作って、特待性は今度はじっとりとした視線を向けてくる。本当に何か理由があって特待性の顔を見ていたわけじゃない。だから不信な視線を向けられたところで笑うことしかできない。
話題を変える意味も込めて、そういえばと僅かに首を傾げる。

「なんで青色だったんだ?」
「何がですか?」

俺同様首を傾げ、特待性は何の話かわからないと表情を曇らせる。まあ、それも致し方なしと言うか、俺も自分で言っていて流石に唐突すぎたなと反省しているところだ。なので、今度は順を追って話していく。

「君、さっき音響ブースでペンライト振ってただろ? その時、青色だったじゃないか。何であの色だったんだ?」

なんで、俺たちRe:Flyのユニットカラーの青色を選んだんだ?
あのタイプのペンライトなら他にも色を変えられる。電源を入れて一番最初に点灯する色は赤だ。おそらく指揮をしてくれと言われてペンライトを渡され、それからペンライトを振るまで体感で一分あったかどうか。急いでいたのならそれこそ電源を入れて一番最初の色でよかったはず。なのに特待性はわざわざ色を変えた。
本番中は歌唱に集中しなければならなかったからそこに対する意識は切っていたけれど、今はもう全てが終わった後だ。それに訊くタイミングとしてはここしかない。明日になってから訊いたのでは遅いのだから。

「えっと、好きな色だったからです」
「好きな色?」
「はい。それじゃ理由になりませんか?」
「いや、十分だ。ありがとう」
「はぁ……」

特待生はまたも首を傾げるけれど、これ以上この話題を広げられないと悟ったのか、そうですかと呟く。
そうか、そうか。特待生は、青色が好きなのか。
自分のことを好きだと言われたわけでもないのに、自然と口角が上がる。だけど、今はそれで充分だった。